雨模様の日が続きましたが、少しずつ暖かくもなってきました。

最近SNSを通して、「新版 究極の鍛錬」という書籍を紹介しているのを拝見しました。

要約すると、研究の結果、楽器演奏においてもともと才能を持ったものはおらず、日々の練習時間がその人の能力を生み出しているというもので、この記事内でも書籍の一部分だけの紹介でしたが、とても考えさせられる内容でした。

インタビュー記事を読んで思うこと

私は音楽家のインタビュー記事を読むのが好き(その人の人生の中身が少し見えてとても興味深いです)なのですが、生まれながらに持った才能、という言葉をよく見ます。

しかし、改めて読んでみると、

  • 楽器を始めた年齢が早い
  • 幼少期から練習量がエグい

など、楽器に触れる時間がものすごく長いことが共通していることに気がつきます。

生まれながらにして才能を発揮する、なんてことはなく、幼少期からの楽器に触れる時間や周りの環境などが、その人自身の能力を引き出しているのだと、当たり前かもしれませんが、思い知らされるんです。

それを、「才能」「天才」という簡単な言葉で片付けてしまうのは、何か違うんだろうなあと。

もちろん楽器を始めた年齢が遅くてもプロとして活躍されている方(特に管楽器では)は多くいらっしゃいますので、早く始めたから良いというわけではなく、結局はそこからの練習時間や密度が重要なのだと思います。

「才能がない」を諦める理由にしない

音楽だけの話ではないのだと思いますが、「才能がない」といってそこで諦めてしまうことはとてももったいないことなのだと思います。

もちろん遺伝的なことも関係しているとは思いますが、それだけですべてが決まるわけではありません。

私が「天才」と感じる方と話してても、みなさんご自身のことは「凡人」とおっしゃることが多いんです。

それは、やはりそれまでの努力が凄まじいのだと感じますし、そしてそれを感じさせない演奏を日々されているからだと思います。

なので、私自身「才能がない」を言い訳にして諦めてしまうのではなく、何事にも時間やエネルギーをかけてやるべきだなと、改めて肝に銘じて、これからも音楽に邁進していきたいと思います。

…と、私の決意表明みたいになってしまいましたね(笑)